天から降って来たパン

聖書:出エジプト記161215節, ヨハネによる福音書653-58

 今日、わたしたちは聖書を二か所読みました。一つは旧約聖書です。その昔、神さまの約束を信じて旅をしている人々がいました。ところがそれはとても辛い荒れ野の旅でした。人々は「食べる物がない!と、文句を言いました。すると神さまは人々に夕べには肉を、朝にはパンを与えてくださいました。でも肉屋さんがあったわけでもパン屋さんがあったのでもないのです。神さまがくださったのは、天から大地に降りた霜のようなものでした。食べてみると、その味は蜜の入ったウェファスのようでした。これこそが、神さまが人々に食べ物として与えてくださったパンなのでした。

そして今わたしたちもう一つ新約聖書を読みましたが、それはイエスさまがお話になった言葉です。53節で、イエスさまはおっしゃいました。「人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたがたの内に命はない。」聞いた人はびっくりしたことでしょう。これは何のことだろう!次にイエスさまは言われました。「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠の命を得、わたしはその人を終わりの日に復活させる」と。今度は、少しだけ分かったでしょうか。これは普通の食べ物の話ではないのだと。そうです。これは、永遠の命の食べ物の話です。イエスさまは、ご自分のことを指して、「わたしは永遠の命のための食べ物である」とおっしゃいました。

わたしたちは毎日食べ物をちゃんと食べなければなりません。美味しいものを食べたい。でも栄養のあるものを食べなければなりません。「好き嫌いしないでいろいろなものを食べましょう。そして大きくなりましょう。心も体も元気に生きましょう」と言ってわたしたちは努力しますね。食べ物はありがたいものです。その食べ物がない時に、そしてお店屋さんもない時に、神さまは天からマナを降らせてくださいました。そのことも本当にありがたいですね。みんな神さまの恵みです。

でもイエスさまはおっしゃいました。58節です。「わたしは天から降って来たパンである。あなたがたの先祖の人々は昔、マナを食べたのに死んでしまった。そのようなものとわたしは違う」と仰ったのです。違うって、どこが違うのでしょう?イエスさまはこのように言われます。「わたしのパンを食べる者は永遠に生きる」と。

イエスさまは天から降って来ました。わたしたちにイエスさまのパンを食べさせるために来てくださったのです。神さまが、わたしたちにこのパンを食べさせて、永遠の命を与えたいと思われて、イエスさまをわたしたちのところに遣わされたからです。

それでは、どうして神さまはわたしたちに永遠の命をくださろうと思われるのでしょう?それは、神さまがわたしたちを愛しておられるからです。どんなわたしたちでしょうか。神さまは優等生の人を愛しておられるのでしょうか。立派な人のことだけを神様は愛しておられるのでしょうか。いいえ、そうではありません。神さまはだれにでも永遠の命をくださるのです。そのために、神さまはイエスさまをこの世界に遣わされました。イエスさまを信じる人々ならだれにでもくださるのです。このことから、神さまがどんなにわたしたちを愛しておられるかが分かります。

イエスさまを信じた人は、イエスさまの与えてくださる御言葉のパンを一生懸命いただきます。また洗礼を受けて聖餐式に参加します。そしてイエスさまと結ばれて生きる生活を続けます。それは、神さまの永遠の命に結ばれる生活です。わたしたちは今礼拝で使徒信条を学んでいます。今日はカテキズムの問38というところでした。その問はこういう問いです。「永遠の命を信じます」とはどういうことでしょうか。そして、その答をわたしたちは知りました。「永遠の命を信じる」ということは、「わたしたちの命は死で終わるのではなく、永遠にイエスさまと結ばれ、神様と共に生きるものだ」と信じることです。

今日は、成宗教会で初めての試みですが、大人の礼拝と教会学校の礼拝を合同でささげました。教会学校の皆さんはお昼から善福寺川緑地公園に出かけてBBQを行います。みんなで楽しく食事をする中で、わたしたちは神さまの国で開かれる盛大な宴会を想像したいと思います。イエスさまと結ばれたいと思う人は、実はイエスさまを通して、神さまとの交わりの中に招かれているのです。それでは祈ります。

 

御在天の父なる神さま

今日の成宗教会の合同礼拝を祝してくださり、わたしたちを御前に集めてくださったことを感謝します。永遠の命を与えるためにあなたはイエスさまをわたしたちの世界にお遣わしになりました。わたしたちは毎日一生懸命食事を美味しくいただいて、あなたの助けによって成長したいと思います。それだけでなく、どうか神さま、あなたに向かって成長することができますように。イエスさまを信じて永遠の命をいただきたいという願いを皆さんに起こしてください。そしてイエスさまとの交わり、父なる神さまとの交わりに喜び迎えてください。

どうか、今日お昼から開かれようとしている夏期学校の行事を守り導き、怪我なく楽しいものとしてください。あなたの内にある喜びがわたしたちにも与えられますように。

また、どうか今日、礼拝を覚えながら、来ることができなかった皆さんを深く顧みて、慰めをお与えください。これらの方々の祈りを聴き上げてください。また夏休みも終わりに近づいていますが、どうか若い方々の健康と生活が秋に向かって整えられますように。また教会のバザーに向けての活動、「子どもと楽しむ音楽会」などのために、良い準備ができますように。最後になりましたが、今病気やご高齢の困難と闘っている方々、また様々な悩みにある方々を顧みて、荒れ野に道を開いてください。

この感謝と願い、わたしたちの主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。